何だか気になるタイトル。そしてパラパラと読み始めてみたら、ビルの谷間の、身体を横にしないと通れないほどの隙間を抜けて辿り着いたオテル・ド・モル・ドルモン・ビアンが醸し出すゆったりした空間にふわりと入り込んでしまった。ので突発的に借りてきた。オテルはホテル、意訳すれば
「ホテルぐっすりもぐら」…何か、いい(笑)。その名の通りこのオテルは地下にあり、安眠と快夢を求める人々が集うところなのだ。
「何か、いい」のは薄暗くでも何だか安心できるようなオテルの雰囲気だけでなく、語り手である希里のテンポにも安心感があって居心地がいい。真面目なんだけどいい感じに抜けてて、弱気なようにみえてその実立ち止まってくよくよ考えるよりは取りあえずずんずん歩いて行っちゃうような。安眠を願う人々の一体感が悪夢を退けるホテルなんて設定、書きようによってはホラーだと思うんだけど、この話にはそういう人為的に人の感情を操作するような薄気味悪さが感じられないのも希里の語りに拠るところが大きいかもしれない。何て言うか彼女にはあるがままをそのまま包み込んで、不安や憎しみや不幸だって見方を変えれば、あるいはすぐ横をちょっと振り向けば、ホラ大丈夫と良いものに転化してくれるような力があるんだよね。
オテルの接客精神は徹底していてその存在自体が一つの物語で面白いんだけど、それと縦横の糸になってる希里の物語の方により惹かれるものがあったなあー。薬物中毒で入院中の双子の妹・沙衣との過去、妹の代わりに育ててきた娘・美亜とその父親であり、かつて自分が好きだった西村さんとの3人の生活。一見悲惨だし、希里自身何年もずっと心に蓋をしてきたことがとうとう限界に達してのオテル勤めだったわけだけど、オテルでの眠りが蓋を開けてくれる。ありのままの現実を受け入れてたのは、諦めていたからじゃなく愛してたからだと。沙衣のことも、美亜のことも、西村さんのことも、自分にとって大切だと自覚してしまえば希里はこういう生活を続けることにもう迷わないだろうなあという気がする。せき止めてる時より動いてみた方が自分の気持ちもはっきりするし心もスッキリみたいな希里って確かに「動」だよなあー。時が解決してくれることもあるだろうし、変わっていくものもあるだろうけど、この気持ちだけは変わらないだろうという安定感がこの話の後味をいいものにしてる。
西村さんの本心はハッキリとは語られないので謎ですが。最初読んだ時はやっぱり沙衣を愛してるんだろうと思ったけど読み返したら分からなくなった(爆)。んーできれば沙衣と美亜を愛してる方がいいかなあと思うけど、希里のことも大事なんだわね、きっと。それでも二股優柔不断男には見えないとこが結構好きかも。この人も希里と同じように、過去あったかもしれない葛藤を飲み込んで自分に手が届く世界を丸ごと大事にできるようなところがある。オテルの眠りと同じように、誰かが無理をしたり何かを犠牲にしたりすればこの生活は成り立たない。逆に皆がこの幸せな時間が少しでも長くあるようにと願う気持ちで繋がったなら、不自然なことも自然に転化する力になるかもしれないと思う。

栗田有起(集英社)