ナルニア7作目、シリーズ最終巻にして予告されたナルニアの崩壊が描かれております。…うーん。これは正直予想してなかったなあ〜…。「こちら」の世界の争いや現代的な乾いた風潮がナルニアに影響を与えるのかなとか、あるいはもし王家からアスランを否定する王が出ればこの世界は存続できないだろうなとは思ってたけど、それは世界の中心ではなく端からやってきたのでした。チリアンという決して愚かでない王がおり、ユースチスとジルもそれぞれ少し成長した姿で現れたというのに、ひとの力ではもはや何ひとつ変わらないというこの無力感;。王の悪政でも他国の侵略でもなく、信仰心が失われていくことで世界が崩壊していくこのお話は、一体何との「戦い」だったんだろうか…
少なくともカロールメン軍との戦いではないよね。神を信じていない一部のひとびとと、信じたいのにその術を持たない多くのひとびと。言ってみれば後者を繋ぎ止めるためにチリアンやユースチスは戦ったわけだけど、結局のところその戦いは敗北で終わる。信じることを奪われたひとびとがどのようになるかがここには描かれている。小人たちのように目を閉じ耳を塞いで自分の世界に閉じこもるか、いつの間にか逃げさった者たちのように、自分から動くことを恐れて無感情になるか。そうなったナルニア人たちを救うことはもはやできず、アスラン(神)にも見放されてしまうというのが何とも遣りきれない…そしてここで物語はひとの手を離れてしまうのだ…;
その後に現れる「真の世界」は、キリスト教的世界観では救いであり喜ばしいことなんだと思うけど、それはもう「ひとの物語」じゃないんだよね。選ばれた者だけが行ける悲しみや迷いと無縁の世界。自分の弱さに泣くことも、だからこそ誰かがいてくれて嬉しいと思うこともないのなら、それは私の心を揺さぶらない。ルイスにとっては信仰と人生がそれだけ近いということだと思うし、天国という概念は私にとってもそう遠いものではないんだけど(カトリック系幼稚園だったからね)、あくまで「物語」としての話。子供の頃だったらどうだったか分からないけど、今の私が読みたいのは愚かでうまくいかなくて、それでもいつかは…と思わせてくれる「ひとの物語」だから…
なので、チリアンやユースチスが「負けた」ことよりも、真の世界で幸福そうな彼らに何だか割り切れなさを感じてしまったのでした。懐かしい彼も出て来たんだけどねえ〜。うう、アスランてホントに神さまだったのね…見届け導くだけでなく、最終的な決定権を持っているという点で。
ただ、ここで失われたものは神への信仰心だけど、神さまに限らず信じられるものをなくすとひとは駄目になるような気はする。自分以外の誰かでも、今美しいと思える何かでもいい…それは確かに支えになるから。そういったものを何も持たないひとは、多分ここで描かれたように弱く救いなくなってしまうのだ多分。そういう意味ではとっても共感したんだけどね。信仰に限らず、そういう何かはなくしたくないなあ。

C.S.ルイス(岩波少年文庫)
…さて。ナルニア読了してますます気になってしまった某シリーズの命運やいかに。正直アレがこういう結末だったら結構救われないわ私…あはは;(まあナルニアがこうだからこそ同じにならないとは思ってますが)。そう言えば「アンバーシリーズ」も「真のアンバー」だっけなラスト…(でもそんな天国的世界でも神様の物語でもなかったと思うが)。「真の常世」はない、とは言い切れないが(オイ)、少なくとも最後まで「ひとの物語」であってくれたらなと。望むのはそれだけです、ホント。